ランボルギーニLM002誕生40周年。「スーパーSUV」の原点が築いた伝説とは

【ポイント】
・V12と悪路走破性が融合したスーパーSUVの原点
・時代を40年先取りした革新的パッケージング
・ウルスへ受け継がれるランボルギーニ哲学の継承
ランボルギーニは2026年6月9日、ブランド初のスーパーSUV「LM002」の誕生40周年を記念するプレスリリースを発表しました。1986年1月のブリュッセル・モーターショーで世界初公開されたLM002は、現在のウルスへとつながる「スーパーSUV」というカテゴリーを切り拓いた歴史的モデルです。
LM002の開発は、1977年の「チーター」プロジェクトに端を発します。軍用車両の需要を見据えて誕生したチーターは、5.9L V8エンジンを搭載し、最高速度167km/h、0-100km/h加速9秒を実現。続くLM001では4.8L V12エンジンを採用しましたが、リアエンジンレイアウトによる重量配分の問題が浮上しました。

そこで技術責任者ジュリオ・アルフィエーリ氏は、V12エンジンをフロントへ移設するという大胆な決断を下します。このレイアウト変更によって誕生した「LMA」は、サウジアラビアの砂漠で過酷なテストを実施。120%の勾配走破性能と190km/h近い最高速度を記録し、LM002の礎となりました。
1986年に登場したLM002は、カウンタック・クワトロバルボーレ由来の5,167cc V型12気筒エンジンを搭載。最高出力は約450CV(米国仕様は420CV SAE NET)を発生し、車重2,700kg超の大型オフローダーでありながら最高速度210km/hを達成しました。当時としては驚異的な性能でした。
駆動方式は副変速機付き5速ZF製マニュアルトランスミッションと切り替え式4WDを採用。前後およびセンターにセルフロッキングデフを備え、センターデフは100%ロックも可能でした。さらに、82cmの渡河性能や120%の登坂能力を誇るなど、本格的なオフロード性能も兼ね備えていました。

LM002専用に開発されたピレリ「スコーピオンBK」タイヤも大きな特徴です。砂丘での浮力を高める独特のサイドウォール形状を採用し、アラミド繊維による耐切創構造やランフラット性能も備えていました。モータースポーツ由来の技術を市販車へ転用した先駆的な事例でもあります。
インテリアには上質なレザーやウッドパネルを採用。エアコン、ルーフ内蔵オーディオ、テレビをオプション設定するなど、ラグジュアリー性も追求されました。1987年当時の価格は約1億6900万イタリア・リラ。生産台数は1992年までに301台にとどまり、希少性の高いモデルとなっています。

また、1989年には米国市場向けの「LM/American」を投入。電子制御マルチポイント燃料噴射システム「LIE52/12」を初採用し、排出ガス規制に対応しました。触媒も装備され、燃料タンク容量は280Lから180Lへ変更されています。
LM002の思想は、2012年のウルス・コンセプト、そして2017年に誕生した市販型ウルスへと受け継がれました。最高速度305km/hを誇る現代のスーパーSUVも、その原点をたどればLM002に行き着きます。
現在、LM002はランボルギーニ・ポロストリコによって保存・修復活動が行われており、専用タイヤ「スコーピオンBK」も復刻。サンタアガタ・ボロネーゼのランボルギーニ・ミュージアムでは、2026年6月9日から40周年記念展示も開催されています。LM002は、40年を経た今なお、スーパーSUVという概念を生み出した革新者として輝き続けています。
【ひとこと解説】
1924年パルマ生まれのイタリア人技師ジュリオ・アルフィエーリは、1953年にマセラティへ加入し、翌年には技術部門の要職に就きました。彼は250F、3500GT、Tipo 60/61 “バードケージ”、クアトロポルテ初代、ボーラなど、ブランドを象徴する名車群を次々と生み出し、軽量構造と高性能エンジン開発でマセラティの技術的アイデンティティを確立しました。1975年のデ・トマソによる買収で退社後はランボルギーニに移り、カウンタックの改良やV8/V12開発にも携わり、イタリア高性能車の進化に大きく貢献しました。2002年モデナで死去。静かで緻密な職人肌のエンジニアとして知られ、その遺産は今も語り継がれています。
















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