BMWと共に歩んだ伝説のドライバー、レッサンドロ・ザナルディ逝去

・不屈の精神で復活を遂げた伝説的レーシングドライバーの軌跡
・BMW M Motorsportと築いた唯一無二のストーリー
・モータースポーツを超え人々に希望を与えた人間的魅力
BMW GroupおよびBMW M モータースポーツは、長年にわたりワークスドライバーおよびブランドアンバサダーとして活躍したアレッサンドロ・ザナルディ氏の逝去を発表しました。2026年5月1日、イタリアにて59歳でその生涯を閉じました。
1966年10月23日にボローニャで生まれたザナルディ氏は、F1で41戦に出場後、アメリカのCARTシリーズに転向し、1997年と1998年にチャンピオンを獲得しました。しかし2001年9月15日、ラウジッツリンクでの大事故により両脚を失うという過酷な運命に直面します。それでも彼は諦めることなく、2005年にBMW モータースポーツのワークスドライバーとしてWTCCに復帰。同年8月29日、オッシャースレーベンで劇的な勝利を挙げています。
その後もBMWとともに24時間レースや2014年のブランパン・スプリントシリーズ、DTMへの参戦など、多彩な活動を続けました。特に、身体的ハンディキャップを乗り越えたレース復帰は、モータースポーツ史においても極めて象徴的な出来事です。
さらにザナルディ氏は、新たな挑戦としてハンドサイクル競技にも取り組みました。2012年ロンドン・パラリンピックでは金メダル2個を獲得し、2016年リオ大会では金2個・銀1個という輝かしい成績を残しています。また、アイアンマン・ハワイ完走や2007年ニューヨークマラソン4位など、驚異的な挑戦を続けました。
社会貢献活動にも尽力し、「Bimbingamba」財団では切断障害を持つ子どもたちを支援、「Obiettivo 3」では障がい者スポーツの普及に取り組みました。
BMW M GmbHのCEOであるフランシスカス・ファン・ミール氏は、「彼の勇気、人生への情熱、そして前向きなエネルギーは、私たちすべてに深い影響を与えた」とコメントしています。
2020年6月19日には再び重大な事故に見舞われ、その後は療養生活を続けていました。ザナルディ氏はかつて「山がそこにあるから登るのではなく、自分にできると分かっているから登るのだ」と語っています。
その言葉通り、彼は常に限界に挑み続け、多くの人々に希望と勇気を与え続けました。BMWとともに歩んだその軌跡は、今後も語り継がれていくことでしょう。
【ひとこと解説】
WTCCは市販車を改造したツーリングカーで争われるFIA公認の世界選手権として1987年に誕生した。初年度はグループA車両による耐久寄りのレースだったが、運営トラブルで1年で終了。その後、ETCC(欧州ツーリングカー選手権)を経て2005年に世界選手権として復活した。レースは接触を伴う激しいバトルが特徴で「ケンカレース」と呼ばれるほど。テレビ放映を重視し、欧州を中心に新興国でも開催された。しかし、性能均衡の失敗による特定メーカーの独走や、リーマン・ショック後のワークス撤退が続き、シリーズは縮小。2014年には高性能なTC1規定を導入したが、コスト増でプライベーターが減少した。最終的にFIAは2018年からTCR規定を採用したWTCRへ移行し、WTCCは2017年をもって終了した。
















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