・アウディがミラノで「コンセプトC」を公開、新デザイン哲学を提示
・CEO「本質への回帰と明確さ」が企業全体の指針に
・今後24か月で20以上の新型車投入、2026年にはF1参戦へ
アウディは2025年9月、イタリア・ミラノで新しいデザイン哲学を発表し、その象徴として「Audi Concept C」を披露しました。テーマは「Strive for Clarity(明快さを求めて)」。複雑化する時代にあって、デザインから企業運営まで「本質に還り、明確さを追求する」姿勢を示すものであり、アウディにとって新たな出発点となります。
この発表にあたり、CEOのゲルノート・デルナー氏は「明確さ、集中、そして実行へのこだわりこそが、アウディのデザインと経営を再構築する鍵である」と強調しました。彼はまた、これまでアウディが積み重ねてきた革新的技術とデザインの融合の歴史を振り返り、伝説的なクワトロシステムやモータースポーツでの成功を例に挙げ、「大胆な革新と明快なデザインはアウディのDNAである」と語りました。さらにCCOのマッシモ・フラスチェッラ氏は「ラディカルなシンプルさが私たちの中心的なアプローチであり、デザインは単なる機能性にとどまらず、欲望をかき立て文化的インパクトを与えるものでなければならない」と述べ、感情や美意識を重視する姿勢を明確にしました。

「Audi Concept C」は、その新哲学を具現化する最初のスタディモデルです。デザインの特徴は「不要なものを削ぎ落とした幾何学的な明快さ」。水平ではなく垂直方向に視線を導くフレームを持ち、これは1930年代の名車、アウトウニオン・タイプCレーシングカーから着想を得たものです。外観は直線的かつ大胆に構成され、余計な装飾を廃したフォルムが未来的な存在感を生み出しています。インテリアにおいても同様に「本質」へのこだわりが徹底され、情報や機能は必要なときに必要な分だけ提供され、乗員を雑多な要素から解放する設計思想が貫かれています。最新素材やテクノロジーも「必要な場所に最小限使う」という発想のもと、ユーザー体験に直結する形で活用されています。

こうした「明快さ」重視の考え方は車両デザインにとどまりません。デルナー氏は「車のデザインをどう行うかは、そのまま企業の在り方を映すものだ」と語り、この哲学を経営の原則にまで拡張しました。つまり、製品ラインナップや開発プロセス、組織運営に至るまで「本質に集中する」ことを共通基盤とするというのです。この全社的な再構築は、2023年から進められてきた「Audi Agenda」の成果の延長に位置づけられています。2025年前半にはポートフォリオの整理や品質投資の強化、中国市場での新ブランド「AUDI」の立ち上げなど具体的な成果が現れました。さらに、2029年までにドイツ国内の生産拠点へ約80億ユーロを投資する計画も示され、持続的な競争力の確保を狙っています。
モデル戦略でも「明快さ」が重視されています。アウディは2025年末までに24か月間で20以上の新型車を投入し、プレミアムセグメントで最も若いポートフォリオを実現します。すでにA6やQ3の刷新が行われ、次はIAAでのQ3 Sportback e-hybridの発表が予定されています。さらに2026年には、インゴルシュタット工場で生産されるエントリー向けの電気自動車や、Audi Sportブランドからの高性能モデルが登場予定です。全電動モデル、プラグインハイブリッド、新世代の内燃機関をバランスよく展開し、欧州・中国・北米といった主要市場で柔軟に対応できる布陣を整えています。
技術面では、ソフトウェア開発を中心に次の革新サイクルへ備えています。フォルクスワーゲングループと米リヴィアンの戦略的提携もその一環で、ソフトウェア関連の技術をより早く効率的に開発することを目指しています。こうした取り組みは「デジタルと物理的デザインの融合」という新しい潮流をリードするための布石でもあります。
さらに、2026年からアウディはフォーミュラ1に参戦します。デルナー氏は「準備は順調に進んでおり、F1は世界で最も過酷な技術実験場になる」とコメントしました。ここで培われる素材、空力、動力制御といった最先端技術は市販車開発に還元され、ブランドの革新性をさらに強固にすると期待されています。ミラノでのデザイン発表から数週間後には、F1参戦に向けた具体的なプレビューも公開される予定です。
このように「明快さ」を中心に据えた新しいデザイン哲学は、単なるスタイリングの刷新にとどまらず、アウディという企業全体を貫く指針となります。製品、組織、戦略のすべてを「本質に集中する」という思想で統合し、競争が激化するプレミアム市場で確固たる差別化を実現する狙いです。ミラノというデザインの都で始まった新時代の幕開けは、まるでルネサンスの精神を現代に重ね合わせるように、未来へ挑戦するアウディの姿勢を鮮烈に印象づけました。
この「新しい始まり」は、アウディが単なる自動車メーカーにとどまらず、文化や価値観を形作る存在であることを改めて示しています。明快さをコンパスとしながら、アウディは次の革新のステージへと歩みを進めているのです。
【ひとこと解説】
アウトウニオン・タイプCは、1936年に登場したドイツ・アウトウニオン(後のアウディ)のグランプリ用レーシングカーです。フェルディナント・ポルシェ設計によるミドシップレイアウトを採用し、当時として革新的でした。6リッターV16スーパーチャージャー付きエンジンは最高出力約520馬力を発揮しました。強大なパワーと独創的な設計により、1936年ヨーロッパ選手権を制覇するなど数々の勝利を挙げ、レーシング史に名を刻んだ名車です。
コメント